なぜグラン=プラスの建物はどれも新しいのに古めかしいのか。なぜこの街に「ヨーロッパの首都」という異名がついたのか。なぜ街のあちこちに漫画の壁画があるのか。5つのポイントで、湿地から生まれたこの街の文脈をつかみます。
ブリュッセルという地名は、古いオランダ語で「ブルクセラ(Broeksele)=湿地の中の集落」に由来するとされています。979年頃、センヌ川の中州の島に築かれた小さな要塞集落が、この街の起源です。
当初は取るに足らない湿地の集落でしたが、ケルン(現ドイツ)とブルージュ・ゲント(現ベルギー沿岸部)を結ぶ交易路の中継地という地理的条件に恵まれ、中世を通じて急速に発展しました。この交易で栄えた商人・職人組合(ギルド)の富が、後にグラン=プラスを飾る壮麗な建築群を生み出す土台になります。
現在私たちが目にするグラン=プラスの建物群は、実はすべて17世紀末の再建によるものです。1695年、フランス王ルイ14世配下の軍による砲撃で、広場周辺の建物はほぼ壊滅的な被害を受けました。
しかし各ギルド(職業組合)は、驚くべき速さでわずか4年ほどで広場を再建しました。それぞれのギルドが独自のデザインで自分たちの会館を建てたため、一棟一棟の意匠は異なりながらも、全体としては見事な統一感を持つ広場が生まれました。この「バラバラなのに調和している」不思議な魅力が、世界遺産としての価値を今に伝えています。
第二次世界大戦後、ヨーロッパ統合の機運が高まる中、ブリュッセルは欧州石炭鉄鋼共同体(1958年発足の前身組織)の本部所在地に選ばれました。以来、欧州委員会・欧州理事会など主要なEU機関が集積し、NATO(北大西洋条約機構)の本部も置かれるなど、国際政治の一大拠点としての性格を強めていきます。
この経緯から、正式な首都ではないものの「事実上のヨーロッパの首都」と呼ばれるようになりました。180以上の国籍の人々が暮らす国際色豊かな街並みは、この歴史的な役割が生んだ結果です。
1893年、建築家ヴィクトル・オルタが手がけた「タッセル邸」は、曲線を多用した有機的な装飾様式「アール・ヌーヴォー」の世界最初期の建築作品とされています。鉄とガラスを大胆に取り入れながら、植物のようにうねる曲線で構成された内装は、当時の建築界に衝撃を与えました。
オルタが手がけた複数の邸宅は現在ユネスコ世界遺産に登録されており、ブリュッセルはアール・ヌーヴォー建築発祥の地のひとつとして、今も世界中の建築ファンを惹きつけています。
ベルギーは、『タンタンの冒険』の作者エルジェをはじめとする漫画大国としても知られています。フランス語圏で発展した「バンド・デシネ(BD)」という漫画文化の中心地のひとつがブリュッセルで、街なかの建物の壁には、有名な漫画キャラクターを描いた大型壁画が点在しています。
この「コミック・ストリップ・ルート」と呼ばれる壁画巡りは、1991年に始まった街おこしプロジェクトが起源で、現在も新しい壁画が加えられ続けています。漫画専門の博物館「ベルギー漫画センター」もあわせて、この国独自の漫画文化を体感できます。