Auckland · 読み物記事

オークランドの歴史と建築旅の前に知っておきたい5つのこと

🌋 歴史・建築 📖 読了目安 6〜8分 📍 オークランド

なぜオークランドの街には火山の丘があちこちにあるのか。なぜ首都はウェリントンなのにオークランドが最大都市なのか。なぜ「シティ・オブ・セイルズ」と呼ばれるのか。5つのポイントで、火山の上に築かれたこの街の文脈をつかみます。

1
タマキ・マカウラウ——「多くの者が望んだ地」

オークランドのマオリ語名は「タマキ・マカウラウ(Tāmaki Makaurau)」。これは「タマキ(この地)を、多くの恋人(部族)が望んだ」という意味を持つ言葉です。太平洋側のワイテマタ港とタスマン海側のマヌカウ港という2つの海に挟まれた狭い地峡は、両側の海の恵みを同時に得られる肥沃な土地として、複数のマオリ部族が幾度も争奪戦を繰り広げる対象になりました。

この地峡には、火山の噴火でできた円錐形の丘(マウンガ)が点在しており、その多くが「パー」と呼ばれる要塞化された集落として利用されました。急な斜面が天然の防御壁となり、頂上からは周囲を一望できる——この地形そのものが、オークランドという街の成り立ちを決定づけたのです。

2
ニュージーランド最初の首都だった街

1840年、イギリス人総督ウィリアム・ホブソンは、マオリの首長たちとのワイタンギ条約締結を経て、この地をニュージーランド植民地の首都に定めました。ホブソンは自身の上司にちなみ、この街を「オークランド」と名付けました。

しかし1865年、より南北両島の中心に近く、当時激化していた土地戦争(ニュージーランド戦争)への対応に有利だったという理由から、首都はウェリントンへ移転します。それでもオークランドは経済・人口の中心であり続け、現在もニュージーランド最大の都市としての地位を保っています。首都ではないのに最大都市、という構図はこの歴史的経緯によるものです。

3
「シティ・オブ・セイルズ」——帆船とヨットの街

オークランドは人口あたりのヨット所有率が世界でも屈指とされ、「シティ・オブ・セイルズ(帆の街)」という愛称で親しまれています。この愛称が世界的に定着した決定的な出来事が、1995年、ニュージーランドチーム「チーム・ニュージーランド」によるアメリカズカップ制覇でした。

優勝によって得た開催権により、2000年・2003年とオークランドで2度アメリカズカップが開催され、この時に整備されたバイアダクト・ハーバー周辺は、今もヨットレースやウォーターフロントの街並みを象徴するエリアとして残されています。

4
街全体が「活火山地帯」の上に立っている

オークランドは約53の火山からなる「オークランド火山地帯」の真上に築かれた、世界でも珍しい大都市です。マウント・イーデンやワン・ツリー・ヒルといった市街地の丘は、すべてこの火山地帯の一部。最も新しい火山であるランギトト島は、わずか約600年前に誕生しました。

押さえておきたいポイント
  • この火山地帯は現在も「活動中」とみなされ、次の噴火がどこで起きるか正確には予測できない
  • 火山丘の多くはマオリの聖地でもあり、宗教的にも重要な場所とされている
  • ランギトト島は無人島として保護され、独特の植生観察ができる自然公園になっている
5
世界最大の「ポリネシアの都市」

オークランドは、世界のどの都市よりも多くのポリネシア系住民が暮らす都市としても知られています。トンガ・サモア・クック諸島など太平洋諸島出身のコミュニティが根付いており、南部のオタラ地区で開催される「オタラ・マーケット」は、太平洋文化を体感できる名物マーケットとして知られています。

これに加えて世界最大のマオリ人口を抱える都市でもあり、近年はアジア系移民の増加も著しく、多層的な多文化都市としての性格を強めています。この多様性こそが、現在のオークランドの食・アート・日常風景を形作る大きな要素になっています。

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