スワン川のほとり、インド洋に面した陽光の街パース。数万年続くアボリジナルの大地に、入植とゴールドラッシュを経て、わずか200年でのんびり洗練された若い都市が育ちました。街を歩く前に知っておきたい、5つの背景を紹介します。
パース一帯は、ヨーロッパ人が来るはるか昔からアボリジナルのヌンガー(Noongar)の人々が数万年にわたり暮らしてきた土地です。スワン川は彼らの言葉で「ダーバル・ユリップ」と呼ばれ、季節と自然に根ざした文化が営まれてきました。
キングス・パークや川沿いには、今もこの地の最初の人々の物語が息づいています。西オーストラリア博物館 Boola Bardip では、その豊かな文化に触れられます。
1829年、イギリスはスワン川の河口に自由移民による入植地「スワン・リバー植民地」を築きました。これがパースとフリーマントルの始まりです。囚人を送らない“自由植民地”として出発した点が、東部の都市とは異なる特徴でした。
しかし労働力不足から、後に一時的に囚人も受け入れます。その名残が、世界遺産のフリーマントル刑務所です。
1890年代、内陸のカルグーリーなどで金が発見され、西オーストラリアはゴールドラッシュに沸きました。一攫千金を狙う人々が殺到し、パースの人口と富は一気に拡大します。
この時代の繁栄が、荘厳な公共建築や、現役で稼働するパース・ミント(造幣局)を生みました。金は今も州の経済を支える柱のひとつです。
20世紀以降、西オーストラリアは鉄鉱石や天然ガスなどの資源輸出で大きく発展しました。アジアの需要を背景に資源ブームが続き、パースは豊かな現代都市へと成長します。
一方でパースは、最も近い大都市アデレードまで約2,000km以上と、「世界で最も孤立した大都市のひとつ」とも言われます。この隔絶が、独自のゆったりした空気を育んできました。
近年のパースは、エリザベス・キーの再開発や新しい博物館・スタジアムなど、街の表情を大きく新しくしています。カフェ文化やクラフトビール、ワインも成熟し、洗練された都市になりました。
それでいて、青い空と川と海に囲まれたのんびりした暮らしやすさは健在。歴史の浅い若い街ならではの開放感と、自然の近さが、パースの魅力です。