アクロポリスの丘、民主政が生まれた広場、哲学者が歩いた石畳——アテネは西洋文明の源流とも呼ばれる街です。数千年の歴史が今の暮らしと重なるこの都市を歩く前に、知っておきたい5つの背景を紹介します。
アテネの歴史は数千年前にさかのぼります。伝説では、知恵の女神アテナと海神ポセイドンが街の守護神の座を争い、オリーブの木を贈ったアテナが選ばれて街の名になったと伝えられます。
紀元前、アテネはギリシャ世界の有力な都市国家(ポリス)のひとつとして台頭します。アクロポリスの丘は、その守護と信仰の中心でした。
紀元前5世紀、アテネは世界初の民主政(デモクラシア)を発展させました。市民が広場アゴラに集い、議論と投票で政治を決める仕組みは、後の世界に大きな影響を与えます。
哲学者ソクラテスやプラトンが問答を交わしたのもこの時代。政治・哲学・演劇が花開いた「黄金時代」に、アテネは古代世界の知の中心となりました。
指導者ペリクレスのもと、アテネはアクロポリスの再建に力を注ぎました。その頂点が、女神アテナにささげられたパルテノン神殿です。均整のとれたドーリア式建築は、古代ギリシャ美術の到達点とされます。
アクロポリスにはエレクテイオン(少女像の柱廊)やニケ神殿も築かれ、丘全体が信仰と芸術の複合体になりました。今日世界中から訪れる人々を迎える、アテネの象徴です。
黄金時代のあと、アテネはマケドニア、ローマ、ビザンツ帝国の支配を受けます。ローマ時代にはハドリアヌス帝の門やゼウス神殿が整えられました。
その後ビザンツ(東ローマ)とオスマン帝国の長い時代が続き、パルテノンは教会やモスクにも姿を変えました。プラカの路地や小さなビザンツ様式の教会に、この重層的な歴史の跡が残ります。
1830年代、ギリシャはオスマン帝国から独立し、アテネは新生ギリシャの首都となりました。国会議事堂や大学など、新古典主義の建物が整えられ、近代都市として再出発します。
1896年には第1回近代オリンピックがこの街で開かれました。古代の栄光と近代の再生が重なるアテネは、今も遺跡と現代の暮らしが同居する、生きた歴史都市です。