なぜバンコクの正式名称は世界一長いのか。なぜ寺院では肩や膝を隠さなければならないのか。なぜ仏像は金色に輝いているのか。5つのポイントで街の文脈をつかみます。
バンコクが首都になったのは1782年と、ヨーロッパの古都と比べるとかなり新しい歴史です。前の首都アユタヤがビルマ軍に破壊された後、ラーマ1世がチャオプラヤー川沿いのこの地に新たな都を築いたのがバンコクの始まりです。王宮を中心に放射状に広がる都市計画は、アユタヤの再現を目指して設計されました。
バンコクの正式名称「クルンテープ・マハーナコーン」を含む完全な名称は167文字にも及び、世界一長い首都名としてギネス世界記録に認定されています。意味は「天使の都、偉大な都、宝石の都...」と続く壮大な美称です。
タイ国民の9割以上が信仰する上座部仏教(テーラワーダ仏教)は、単なる宗教を超えてタイ社会の道徳・教育・日常生活の基盤になっています。多くのタイ人男性が人生の一時期、数週間から数ヶ月間出家する習慣があり、これは社会的な通過儀礼としても機能しています。
タイの寺院を訪れると、仏像の多くが金色に輝いていることに気づきます。これは金箔を貼ることが功徳(タンブン)を積む行為とされているためです。参拝者が小さな金箔を購入して仏像に貼り付ける習慣が積み重なり、何百年もかけて分厚い金色の層が形成されてきました。
ワット・ポーの黄金の涅槃仏(全長46m)はその代表例で、訪れる人々が今もこの伝統を続けています。
かつてバンコクは陸の道路よりも運河(クローン)が発達した水上都市で、19世紀の外国人旅行者から「東洋のヴェネツィア」と呼ばれていました。今も市内に残る運河網の一部に、当時の面影を見ることができます。チャオプラヤー川は今も交通の大動脈として機能しており、観光客にとっても寺院巡りの主要な移動手段です。
20世紀以降の急速な都市化で多くの運河が埋め立てられ道路に変わりましたが、トンブリー側(川の西岸)には今も水上生活の名残が見られます。
タイでは王室への敬愛が社会の隅々に行き渡っています。街中で王室の肖像画を頻繁に見かけるのもそのためです。不敬罪(王室を侮辱する行為への罰則)が存在し、外国人旅行者も適用対象になるため、王室に関する発言には注意が必要です。映画館では上映前に国王賛歌が流れ、観客が起立する習慣も今も残っています。